うつ病?逃げるは恥だが生きている

うつ病寸前(自律神経失調症)になる

最大手の証券会社への転職がきっかけ

経理職から、大手証券会社の営業職へ

地方から関西へ出ていき、就職活動をして、不動産会社の経理として勤務していました。当時の私は、関西へは「修行」のつもりで行ったため、その不動産会社での仕事は時には定時を待つという状況で、物足りない状況でした。

(後から思えば、先輩方が前倒しで段取りをして、いつも早く作業を終わらせていたからであって、決して暇な会社ではなかった。「物足りない」なんて相当生意気でしたね苦笑)

そんな思いの中、その会社に入って1年後には証券会社への転職を決める事ができました。その会社は、誰もが知る最大手で、おそらく入るのも簡単じゃないと思います。そこは、今でも少し誇りです笑(結局辞めてしまうのですが…)

4月に入社を目指して、1月頃から選考が始まり、書類選考通過後、大勢が集まる会場にて1次面接。そして、採用された場合に、当時の住所等を考慮の上、配属される予定の支店にて2次面接。確かそこでは総務部長が面接官だったと思います。それも通って、少し待ち時間があって、その日のうちに支店長面接。

幸運な事にこれも無事パスしまして、いよいよ最終面接は、東京の本社にて行われるというものでした。その時に初めて、新幹線に乗ったと記憶しています。もちろん代金は証券会社が負担するので、領収書を持参して面接へ行きました笑

東京の本社での面接は、少し堅苦しい話もありましたが、お互いの熱意も確認し、最後は握手で締めくくられましたので、ある程度手応えはありました。

結果は、無事採用という事でした。もちろん、全くの未経験の職ですが、期待が大きかったですね。なぜなら、私は関西には「修行」のつもりで行きましたから。営業しかも地元じゃない地域でということで、大変そうながらもワクワクしていました。学生の頃から、「営業向いてると思うよ」「営業やってるの?」など、営業向いてると思うからやってみなさいというお声を多数いただいてましたので、それが実現できるという意味でも嬉しかったです。

 

 




 

いよいよ証券会社入社

入社初日は入社式という事で、東京本社から始まりました。前日入りして、リハーサルがありました。会社の雰囲気としては、「体育会系」ですね。当たり前のように呼び捨てで呼ばれますし、軍隊のようなリハーサルが進みました笑

翌日の為に社歌や社訓みたいなものも必死で覚えさせられましたよ。でも、やはり最大手はすごかったですね。まず、専用の寮があって、先日入りした時はそこに宿泊(その後研修等でも数回行く事になります)。当日朝は、専用の大型バスにて入社式の会場であるホテルへ。

そして、入社式が終わると、そのまま東京駅に向かい、新幹線で関西へ戻り、そのまま配属先の支店へ。初日から当たり前のようにハードでした笑

私が配属された部署は、その支店では新設される部署で、つまりは先輩もいなければ直属の上司もいない状況から始まりました。ちなみに、同期入社は5名、課長は支店長が兼任というスタートでした。うちは新設だからか5名と多かったのですが、通常は1~2名という感じでした。あとから、考えると数名が辞める事を見越して5名採用したものと思います。実際3名は辞めて、2名は今も在籍しているようです。

入社してしばらくは、まず「証券外務員」資格の取得に向けての勉強の日々です。この資格を取らないことには、そもそも営業が出来ません。営業職なので、取らないと何もできないのです。例えなった電話を取る事さえ…。死活問題ですよ。

ということで、しばらくは職場で勉強・勉強の毎日でした。給料は発生しているわけですから、落とす訳にはいきません。幸い、試験勉強には慣れていたので、コツをつかんで難なくクリア!まずは2種というものを取ったのですが、さらに少し頑張って1種まで取得。お客様に提案できる商品の幅が広がるという違いがあったと思います。

その勉強している1~2カ月の間に、歓迎会があったり新入社員のイベントごとがあったりと、まあまあ楽しみながら過ごしていましたよ、この頃はまだ…。中でも印象に残っているのは、同期入社全員と支店長とで、創業者の方のお墓参りに行ったことですね。

 




 

「飛び込み営業」の日々が始まります。

ようやく証券外務員の資格も取れましたので、いよいよ営業活動開始です。先述したように、この支店での私の配属された部署は、新設でしたので、先輩も上司もいない、もちろんお客様もいない状況からのスタートでした。

そう、つまり「全て飛び込み営業」です。お客様を1から探す必要がありました。証券会社という性質上、富裕層の方が住んでる地域を中心に回ります。地図を持って、1軒1軒インターホンを押していきます。いやぁ、今考えてもよくやってたなと思います。

平日の日中というのもあるのか、インターホンを押してもなかなか出てはきません。また、富裕層の住宅のインターホンには、カメラも付いてるのが標準でしたので、ピンポーンと鳴っても、モニターを覗いて、知らない人だから出ない、というのもあったのかも知れませんが、とにかく出てきてさえくれません。

1日に中の人が出てきてくれるのが、平均で3名くらいだったでしょうか。それくらい、貴重でしたよ。

さらに、ある意味一番きつかったのが、

「〇〇証券?あ、〇〇支店で口座持ってますよ」

ってやつ。うちは新設でしたが、少し離れたと言っても生活圏内の別の支店には、うちと同じ部署が以前からあって、そこの営業マンも既に回っていたんですね。別の証券会社ならともかく、同じ会社のお客さまを取り合いしても仕方ないですよね。せっかく中から出てきてくれて喜びも束の間、こんな事もよくありました。

少しずつ雲行きが怪しくなってきます。

毎日飛び込み営業の日々を過ごしながらも、トークなどに少しずつ慣れては来ます。とはいっても、同期で経験者の方などと比べると、全く成果は出てませんでした。

7月には人事異動で、他の支店から直の上司がやってきました。念願の課長が来てくれたという事で、喜んでいましたが、成績が悪い事は少しずつチクチク言われるようになっていきました。会社としては、給料払ってる訳ですから、当然の事ではありますが…。

さて、この時に給与体系ですが、入社5年後までは最低保証額というのが決まっていて、成績がどんなに悪くても、一定額の給料がもらえます。会社からしたら、先行投資ですね。それが3年目くらいからは最低保証額の金額がどんどん下がっていき、5年後以降は0(だったかな?)になるというものでした。

ですから、理想は5年後までに基盤を固めて、しっかり自分の成績に応じた給与をもらえる状況になっているというものでした。実際、同じフロアには別の部署の営業マンの方もいて、「あの人とあの人は1,000万円、課長はいくら、支店長はいくら」みたいに1,000万円以上の方がゴロゴロいました。そんな環境も貴重な体験でした。

私はというと、全く成績も上がらず、スランプに陥ってました。その間にも数回研修があって、東京に行ったりして、全国各地の支店の同期の方と話をしたり、研修の内容でやる気が出たりもしましたが、成績はなかなかでした…。

課長が来たのもありますが、支店長も怖い人で、新入社員の私たちには直接はありませんでしたが、部長とか課長クラスの人を、私たちの部署と同フロアにある支店長室に呼び出しては、怒鳴り散らしていました。そんな光景を何度も見ました。正直、いつこれが自分の身にふりかかるかという不安も募っていきました。

 




 

いよいよ、会社に足が進まなくなります。

そんなこんなが重なって来て、また自分にとっては理不尽な事で怒られたりという出来事がさらに重なり、メンタルがどんどん落ちていきました。

そしてついに、ある日いつものように会社に向かう為、電車を乗り継ごうと歩いていたら、途中まで来ると吐き気を催す事になります。初日はただの体調不良だと思い、普通に上司に電話をして「今日休みます」と伝え自宅に戻って休みました。

問題は次の日です。先日家に帰ってから休んだので元気になったはずだったのですが、その日通勤しようとしたら、全く同じ場所でまた吐き気が…。これ以上足が進みません…。同じように電話して自宅に戻る際には、吐き気はすっかりなくなっています。こんなことが2~3日続くと、上司から病院に行ってみなさいと言われました。

こういう大きな会社って、独自の病院があるんですね。別の大きな支店の最上階にその病院はあって、指定された日に行ってみると、医者と5分くらい会話して、即座に「自律神経失調症ですね、2カ月休んでください」と。

初めての経験で驚きましたが、正直ほっとした自分もいました。とにかく無条件に2カ月休める訳ですから。会社に行かなくていいわけですから。暑い中スーツで汗だくで飛び込み営業しなくていいわけですから。理不尽な事で怒られなくていいわけですから。

一気に色々と考えましたね。ということで、2カ月休む事になったのですが、やはり仕事関係ないと、本当元気なんですね。吐き気なんて全く起こりません。完全にストレスが原因という事ですね。

私の場合は、休んで良くなったので、幸い薬を飲むこともありませんでしたが、一度薬を飲んでしまうと、ずっと飲み続ける必要があるなんて話も聞きますよね。そこまではひどくなかった、いやひどくなる前に気付けて良かったのだと思います。薬飲んでも治らないくらいひどくなる場合もありますからね。

結局、2カ月休んでいる間に、地元に戻って両親とも相談した結果、この仕事は退職する事になりました。続けていたらどうなっていたかなぁ。完全に病んで再起不能になっていた可能性も否定できないですしね。

私の場合は、軽く?で済んだので良かったですが、少しでも怪しいと思ったら、誰かに相談する、病院に行ってみるなど、早めの対処が必要だと思います。一人で抱え込んでしまわないでくださいね!